第24回 鶴見俊輔の言葉

 

 

 

鶴見俊輔は哲学者、評論家、政治運動家、大衆文化研究者で、アメリカのプラグマティズムを日本へ紹介し、戦後の進歩的文化人を代表する一人とされています。幼少期から半世紀にわたり鶴見の近くで過ごした著者による「鶴見俊輔伝」、黒川創、新潮社 (2018)では後藤新平の孫として名家に生まれた鶴見の悩み、少年期に経験した不良化、米国留学を経て帰国後敗戦を迎え、戦後の雑誌「思想の科学」の出版活動など紹介しつつ鶴見の生涯を記しています。

「思想の科学」の編集、運営に関する鶴見の考え方に関する記述の中に、理系の学術誌のそれに共通する点がありました。たとえばある論文の掲載可否に関し、編集委員会で意見が分かれた時、委員一人だけでも掲載を押し続けるものがいれば掲載するようにしたそうです。現代の理系の学術誌は厳密な査読制度があり、それがかえって論文出版に要する期間を長引かせる原因となっています。また、専門の細分化が進み査読が難しくなっています。そのような状況を打破するために最近ではネット上で読むことのできるPreprint Depositoryが増えています。これは従来の論文とは異なるものの、最新の独創的な研究動向を知るのに有用なメディアです。Preprint Depositoryの趣旨の一部は方針は上記の「思想の科学」の掲載方針と共通します。 (一社)ドレスト光子研究起点が運営するPreprint DepositoryであるOff-shell Archiveでもこのような柔軟性、迅速性を確保するよう努力しています。

再び本書に戻ると、こうした柔軟な編集方針は同誌の編集委員でもあった武谷三男により強く推薦されたとのこと。武谷は「状況のなかで有効な判断を支える思想とは、拒否権のふるいにかけられ棒立ちになった所論ではなく、時に応じて各個人のなかにはたらく、多様性を帯びた独創に拠って培われるしかない。」と考えていますが、これは理系の研究に置き換えると、「独創的な研究は各個人の自由な発想から生まれるのであり、その部分的な不備を指摘し否定するような拒否権は独創研究の芽を摘む」と読み替えることができます。

「思想の科学」を支えるため、戦後まもなく(社団法人)「思想の科学研究会」が発足しましたが、その活動として「既存の制度化された学問の枠組みを打破したい」という方向を目指したとのことです。メンバーの一人が公的な補助金を獲得してきたときにはこの方向に従いそれを返上したそうです。これは理系の研究活動にも共通するところがあります。本当に独創的な基礎研究は公的な資金に頼らず、民営で自己資金により推進する方がよろしいでしょう。もちろん研究の社会的倫理は守る必要がありますが。

鶴見が大学教員を経験した時期、「教員の仕事を重ねると、そこから習慣となって、論文をつくることが学問の終点と考えがちになるが、これをひっくりかえしたい。研究を通して、各個人の日常生活のなかにもたらされる何か、そちらの方が論文の発表よりも重大だろう。」と考えました。しかし重要なことはその一連の仕事が独創的であるかどうかでしょう。また、理系の場合にはやはり論文またはそれに相当する手段により研究発表を続けることは必須だろうと思います。ただし、上記のように学術誌が硬直化した昨今、Preprint Depositoryなどの柔軟なメディアが求められます。

鶴見は自身の研究を進めるため、思うところがあって大学の教員を辞することになったとき、「自分の考えを貫きながら生きようとすれば、世間に対して不義理が生ずる。人からの期待を裏切る覚悟なしにはわが意を通すことは難しい。」と悩んだそうです。これは鶴見のみでなく広く共通する悩みでしょう。理系の研究でも、独創的研究は一人で悩みながら進めるものです。多くの研究者たちと仲間内で盛り上がって研究するのは独創性とは一致しません。他の研究者と義理を欠いても、一人になる時間が必要です。もちろん社会的道義を外してはなりませんが。なお、鶴見の悩みに対して、鶴見を大学教員として推薦した桑原武夫は「小事はこれを他に諮り、大事はこれを自ら決す。」といって了解したそうですが、この言葉は、理系の研究では「大事」を「独創的研究」と読み替えればそのまま成り立ちます。

鶴見は晩年、彼の好きなある英国作家の著作を読みかえし、その中で「私の求めるのは息子の道からはずれた息子だ。世間を驚かせて、みなの見ている前で私の名をはずかしめるような息子になってほしい。それを私は見ていて、拍手をおくるだろう。」という文を引用しています。これは理系の研究における後継者に贈る言葉として共通です。弟子は恩師とは異なる研究をすべきです。恩師の研究は恩師の時代で終わりなのであり、それを後継するのは科学史を学ぶようなものです。恩師の気づかなかった研究をし、恩師をはずかしめることは恩師に対しては上記の「義理を欠く」のでは決してなく、恩師への恩返しとなるはずです。

 

 

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