第25回 人は科学が苦手

 

 

 

三井誠著「ルポ人は科学が苦手」(光文社新書1003,2019年5月)は副題に「アメリカ『科学不信』の現場から」とあるように、ジャーナリストとしての著者がアメリカで多くの有識者にインタビューし調査した結果が紹介されています。二つの具体例を取り上げています。その一つは進化論、もう一つは地球温暖化の原因としての二酸化炭素による温室効果です。進化論も温室効果も科学的な根拠がありますが、実際に得られた統計数値によればキリスト教保守「福音派」の人たちが進化論を認めない傾向があり、その代わり「創造論」を信じています。さらに共和党を支持する人たちが地球温暖化に懐疑的である傾向があると指摘しています。これは米国固有の事情かもしれませんが宗教、政治の観点からの本書の論点にお付き合いするのはなかなかつらいところがありました。

著者は人類が進化の末に獲得した「生きる知恵」と、たかが400年前から始まった科学をよりどころにした現代の「生きる知恵」には大きなずれがあり、現代人は科学を信じる脳を持ち合わせていない、とまで指摘しています。要するに表題にあるように「人は科学が苦手」とのこと。

本書の後半では、これらの人たちに科学を啓蒙普及すること、いわば進化論や温室効果を受け入れてもらう方法について記述しています。科学者は自分の研究に集中したいので、一般にはコミュニケータとしての活動には積極的ではありません。この状況を変革するために必要なのは新しい伝え方、説明の仕方であると述べています。

一般に人々は物事を判断する際「信頼できる組織の結論だから」あるいは「頼れる、あの人が言っているから」という理由によることが多く、科学的な知識よりも、周りの人の意見や自分の価値観に左右されていることを指摘しています。そしてこれをもとに、科学についてもこれらの調子で理性や論理だけでなく、感情や本能的な好き嫌いが混ざった人間らしい心で判断する傾向があると述べています。そのような事情なので科学者が冷徹な論理に従って事実を話しても「信頼」と「共感」がなければうまく伝わりません。知識は心を通って頭に届くとのことです。

上記の「進化論」、「温室効果」に異議を唱えるのは本当の意図を隠す煙幕なので、それを唱えている人たちは何を心配しているのか、一方、自分は彼らに事実を押し付けるだけになっていないか、お互いの心を結ぶつける何かを見つけ出せないか、を考える必要があると指摘しています。

以上のことは一般社会の人に科学を啓蒙普及する際の鋭い警鐘となっています。しかしこれは単に科学者から一般の人へという流れにとどまらず、いろいろな場面でも通用する警鐘のように思われます。たとえば革新的な研究が生まれつつあるとき、従来の研究に従事している科学者がその話を聞くと、自分の考えと対立する話なので、考えを変えるのではなくムキになって反論して自分の旧来の理屈を前にだす場合があります(これは「バックファイア効果」と呼ばれているとのことです)。また、科学者自身も上記のように周りの人の意見に左右されることが多いようです。有名な科学者の研究だから優れているのだろう、欧米で流行している研究だから頑張って追いつこう、と考える傾向があります。これは独創的な研究を進めるうえで好ましくありません。しかし科学者でさえも往々にして感情や本能的な好き嫌いが混ざった心で判断してしまうのでしょうね。やはり科学者もごく最近になって進化した人類の一部ですね。

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