第28回 「クロード・シャノン」の言葉

 

 

 

ジミー・ソニ、ロブ・グッドマン著、小坂恵理訳、「クロード・シャノン 情報時代を発明した男」(筑摩書房、2019年6月)は電気工学・数学の分野で先駆的な業績をあげ、20世紀科学史における最も影響を与えた科学者の一人であるClaude Elwood Shannon (1916年~2001年:米国)の評伝です。シャノンは情報、通信、暗号、データ圧縮、符号化など今日の情報社会に必須の分野の先駆的研究成果を多く残し、今日のコンピュータ技術の基礎を作り上げた人物であり、情報理論の父とも呼ばれました。

シャノンは科学を好んだものの、ルールに当てはめられず、原則を導き出せないような事実を嫌いました。特に化学の学習は忍耐を強いられたようです。個別の事実があまりにも多く、一般的な原則が少ないからだそうです。一方、通信工学は理論と実践が混じり合っていることからシャノンの趣味に合ったようで、こちらの方向へと進みました。このような混じり合いは学際科学に対応しますが、このような分野が新しい科学技術を開くきっかけを与えるものです。日本でも欧米にならい1960年~1970年代には通信工学が盛んになりましたね。

シャノンは生涯を通じて優柔不断な性格だったようです。狩猟民族である欧米人は攻撃的性格が目立つのですが、これとはだいぶ異なり、興味深いですね。この性格ゆえ、シャノンは数学と機械のどちらを専攻するか決められずこれら二つの教育を受けたのですが、これが後の成功へとつながったそうです。理学と工学、理系と文系などの複数の分野を勉強すること、すなわち上記の学際性を尊重することの利点を表すよい例ですね。

シャノンのその後の人生を決定づけた人物がいたことが特記されています。それは後に物理学の将軍と呼ばれたヴェネーヴァー・ブッシュです。ブッシュは人の長所を伸ばすことを実践し、これがシャノンの大きな成長を促して米国科学界の進路を開きました。シャノンの修士論文「継電器及び開閉回路の記号的解析」(1937年、マサチューセッツ工科大学)は絶賛され、その後のキャリヤのきっかけとなりました。これは「今世紀で最も重要、かつ最も有名な修士論文」と言われています。

シャノンは優柔不断に加え引っ込み思案でもあったのですが、学位取得後のシャノンの才能をさらに伸ばした人物がいました。それはソートン・フライで、彼はシャノンを自由闊達な雰囲気のベル研究所に採用し、自身が苦労して作り上げた数学グループに配属させて応用数学(純粋数学ではなく)の人材として育成しました。シャノンはその希望に十二分に応え、その結果、後年ジョン・ピアース、バーニー・オリバーとともにベル研究所の三賢人と呼ばれるようになったのです。なお、現在ではベル研究所は先端研究、基礎研究をしておらず、当時の面影はありません。今や企業が運営する研究所が基礎研究をする時代ではないのです。なお、シャノンはベル研究所のみでなく、マサチューセッツ工科大学、プリンストン高等研究所などでも研究を進め、ノイマン、ワイル、アインシュタインなどとも交流しました。第二次大戦の影響下で、シャノンは軍事研究にも関与しましたが、その際、暗号の数学理論の先駆者である英国のアラン・チューリングとも交流があったとのことです。このように優れた科学者との交流を通じて研究を進め、ついには通信工学に関する先駆的な研究成果を次々と生み出しました。それらは本書では「通信」とは何か、ビット(情報の単位)、予測可能性、冗長性と情報理論、メッセージの圧縮、デジタル・ワールドの創製、情報とエントロピー、といった術語を用いて紹介されていますが、これらはいずれも通信工学の分野では今やなじみの深いものばかりです。さらに本書ではシャノンと奇才ノーバート・ウィーナーとの情報理論に関する功績の先陣争いについても興味深く記しています。 

シャノンの研究した応用数学に対して純粋数学者は不遜な態度をとったようです。科学的発見は誤解されたり、無視されたりする機会が多いのですが、シャノンの場合もこれに当てはまるようです。オフシェル科学、ドレスト光子の研究でもこのような例が多くあります。本書では同様の例としてチャールズ・ダーウィンの「種の起源」に対し恩師のアダム・セジウィックが強く批判したことを挙げています。

シャノンは自伝・回想録をほとんど残していません。これも優柔不断とともに引っ込み思案の性格ゆえでしょうか?いや私にはむしろ欧米人には珍しい奥ゆかしさを感じます。自伝に最も近いのはベル研究所で行った講演です。そこでシャノンが語った天才の前提条件は三つあり、それは才能、訓練、さらには「モチベーション、すなわち解答を見つけようとする熱意、物事を進行させる仕組みを理解しようとする情熱」だそうです。ごもっともな説ですが、その中に「訓練」が含まれていることは、我々凡人にとって救いのような気がします。

シャノンの業績は1950年代以降には広く浸透し、通信以外への領域への情報理論の応用が急速に拡大しました。それに伴い技術者はどこまで情報理論に関心を持てばよいのか?という問題も生じました。この問題への解決策としてシャノンは「バンドワゴン」(便乗)というタイトルの573語からなる短い声明をIREの機関誌に投稿ました。シャノンがこのような行動に出る決心をしたのは、科学に新しい分野を誕生させるどころか投機的なバブルを引き起こしかねない可能性を憂慮したからです。科学者としてのシャノンの類い稀なる道徳心がうかがわれます。情報理論が十分に理解されないまま広く普及して、間違った形で理論づけされる可能性が付きまといます。せっかく考案したアイデアが広く普及すると、本来の意味が失われてしまうのです。このような状況はドレスト光子、ナノフォトニクスに関しても見られます。私はそれに警鐘を鳴らすため、かつて拙著「ドレスト光子はやわかり」(丸善プラネット、2014年)の111ページに短文を記しました。その一部を次に転載します。

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–やはり変だよあの研究—
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近年、ナノテクノロジーが流行しているので、何でもナノに結びつけようとする傾向があるように思える。また、電子が示す波動現象の一部に注目して、あるいは異なる一部の側面にのみ目を向けて、ナノと量子性が両立するかのような議論がなされる事がよくある。ナノと量子はそれぞれ別々の領域で有用なので、両者が両立すればさぞ良かろうと思っても、それを実現する系は新しい概念で作らなければならない。研究費を得るために、何でも流行りもので価値を判断するという場合があるが、これは妥当ではない。

光科学技術の分野でも原理にもとづいて議論することを回避し、ひたすら実験データを集めて研究発表するという事例が近年散見される。情報理論の黎明期において創始者シャノンは情報理論をいう名称が単なるbandwagon(パレードを先導する楽隊車: 下図)としてむやみに利用されることに強く警鐘をならしたが、我々はそれを思い出すべきであろう。ドレスト光子工学に関して言えば、これを発展させる場合、ナノ寸法領域における光と物質の相互作用に対する深い物理的洞察が必要であり、光と物質が融合した科学技術の深化にこそ意義がある。単に研究費を獲得するためのキーワードに使うのは危険である。

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