第32回 「古くてあたらしい仕事」の言葉

 

 

 

島田潤一郎著、「古くてあたらしい仕事」(新潮社、2019年11月)は著者の島田氏が小さな出版社を設立する動機、設立までの経緯、設立後の活動などを紹介した、心洗われる良書です。

島田氏はいろいろな仕事を経験した後に「夏葉社」という出版社を設立しました。従業員は島田氏一人だけ。かつて世に出ていた本の復刊を手掛け、立派な装丁、発行部数は2,500部程度に抑えています。本書では自身の経験に基づく、感動する話題が満載です。これを読むうちに島田氏の出版活動のいくつかは私が関わるドレスト光子とオフシェル科学の研究、および(一社)ドレスト光子研究起点(RODreP)の運営に類似していることに気づきました。それをいくつか記します。

 

[ドレスト光子とオフシェル科学の研究]

著者は仕事を選ぶにあたり「できるだけ他社がやらない仕事をする。競争社会からなるべく遠い場所で、自分の仕事に集中したい。」と考えたそうです。これは研究テーマを選ぶ際、流行りものを追うのではなく、自分が見つけた研究課題に集中したいということに対応します。

また、著者は「売れる確証のある商品とは、端的にいえば、すでに売れている商品だ。」と指摘していますが、これは論文の書ける確証のある研究とは、すでに流行っている研究だということに対応するでしょう。ただしこのような研究の価値は必ずしも高くはないのです。しかし論文をたくさん発表できると、それは研究業績として評価される際に有利に働くことが多くありますので、このような研究に走りがちです。

しかし著者は扱う本を選ぶ際に「現在流通している本よりもすごい本が古本屋さんにはある。市場の原理で導き出される結論よりも、個人的な思いを優先する。」のだそうです。これを研究に焼き直してみると、実は流行している研究テーマよりも価値のあるすごいテーマがどこかに潜んでいるのです。このようなテーマを見つけることが大切です。

著者が小さな出版社を作った動機は「あらゆる巨大な資本から逃れて、自分の仕事の場所を作りたい。」とのことです。これを研究に焼き直してみると、あらゆる主流研究、大勢で盛り上がっている流行りものの研究から逃れて自分の研究の場所を作りたい、ということになります。

著者がユニークな出版事業の方向を定めた際の考え方は、「仕事の核となるのは、あくまでひとりの人間の個性だ。」とのことです。研究でも同様で、テーマを選び実施する核となるのは、あくまでひとりの人間の個性です。研究者は各々異なる個性を持つので、一つのテーマに群がり、互いにほめあって流行に乗るのは不適切です。

著者は出版社を設立するにあたり「だれも「いいね!」を押さないような小さな声を起点に、ぼくは自分の仕事を始めたい。」、「私が敬愛する作家の本達は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたい。」と考え、良書を少数精鋭で復刊し続けました。そして「たいせつなのは、待つことだ。自分が作った商品の価値を信頼する事。自分の仕事をいたずらに短期決戦の場に持ち込まず、5年、10年という長いスパンで自分の仕事をみること。」と考えた結果、設立後10年経過し、今では出版が軌道に乗っています。研究でも、だれも「いいね!」を押さないような小さく新奇な発想を起点にすれば、独創的なテーマを見つけることができるでしょう。そして長く研究を続ければ少しずつ成果が積み上がり、大きく発展します。

 

 [(一社)ドレスト光子研究起点(RODreP)の運営]

著者は出版社設立にあたり「「やる」と覚悟を決めれば、だれでも、いつでもはじめられる。あとは全部はじめてから考えればよい。軌道修正していけばいい。」と述べています。これはRODrePを設立のきっかけと類似しています。(一般社団法人)ドレスト光子研究起点(Research Origin for Dressed Photon: RODreP)はドレスト光子を包含するオフシェル科学理論の研究所です。3年前の設立当時、私は法人登記の規則、手続きなどを全く知らなかったのですが、周囲の人に教えてもらいながら、思い切って始めました。その場しのぎの軌道修正をしているうちに、いつの間にやら3年経過し今では軌道に乗っています。やればなんとかなるものです。

著者が事務所を借りるにあたり、当然のことながら高いお金を払う必要がありました。しかしそれでも事務所を借りたのは「仕事と生活を切り分けたかったから。」だそうです。RODrePの場合も、当初は実施場所と運営資金が無かったのですが、周囲の人たちのご厚意で実施場所を設けることができました。それはもちろん生活の拠点である自宅とは別の場所です。また運営資金も確保できました。その結果、研究を活発に進め、かつその幅を広げることができるようになりました。

著者にとって出版社の設立・経営は初めての経験でしたので「ぼくにはそもそも本をつくるためのアイデアがない。」と述べています。しかし「そのほとんどは、ぼく以外のだれかが僕に示唆してくれる。」とのことです。RODrePでの研究についても同様のことが言えます。そもそも30年にわたる私の研究は実験が主でしたので、RPDreP設立時には理論を作るためのアイデアが不足していました。しかし多くの研究者の方々のご指導により今では理論研究が大きく発展しています。設立当時の状況からは信じられないほどの発展です。RODrePでの研究はいわば「学際研究」です。新しいを研究するには専門分野に閉じこもらず外部へ、学際へと踏み出す必要があることの一例でしょう。このように考えると、多くの異分野の方々が場所・運営資金のみでなくすべてにわたり私を支えてくれていることを実感します。感謝感激です。

RODrePの活動が軌道に乗ってくると、将来の方向を探るためにここで一度初心に帰り、そもそもどのように研究をしたかったのかを思い出してみなければなりません。その際、著者の「どんなに小さな規模でも出版社を始めることは可能。一人で出版社をやってみようと思った。」という意見は、初心を思い出させてくれます。この意見の「出版社」を「研究所」に置き換えればRODrePにそのまま当てはまります。

著者は「親密で私信のような本」に大きな魅力を感じているとのことです。私も自分の研究成果を論文で発表し、さらにはその内容を啓蒙する書籍を出版することがありますが、その際注意すべきは読者一人一人に語りかけるような、いわば読者への私信のような文章を書くことだと思います。これは容易なことではありません。日々の努力・訓練が必要ですね。

 

 

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