第36回「 (続)中谷宇吉郎」の言葉

 

 

 

第16回に続き樋口敬二編、「中谷宇吉郎随筆集」(岩波文庫31-124-1、岩波書店、東京、1988)を取り上げます。中谷宇吉郎は雪の研究者として知られています。石川県立小松高等学校(当時は小松中学)の出身です。現在小松高校は科学技術振興機構のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されています。その活動の一環として、生徒さんたちが2014年9月、2015年10月に当時の私の研究室・実験室を見学されました。見学後、光科学についての短い講義をして差し上げました。(なお、静岡県立清水東高校もSSHに指定されており、生徒さんたちが2010年~2015年にわたり私の研究室を毎年見学されました。)さらに2014年2月には私と田所利康氏((有)テクノ・シナジー代表取締役)が小松高校に招かれ、光に関する特別講義を行わせていただきました。生徒さんたちは熱心に受講され、多くの質問をしてくださり、さらには感想文を提出して下さいました。私はそのレベルの高さに深い感銘を受けたことを覚えています。

小松高校は多くの優れた卒業生を輩出していますが、中谷も卒業生だったことを訪問時に初めて知りました。現在の校舎の他、校庭の一角には昔の校舎が保存されて残っており、名門校としての歴史を感じました。中谷の有名な言葉「雪は天から送られた手紙である」の記念碑もありました(末尾の写真をご覧ください)。

このように小松高校との縁もあり、また中谷がその卒業生であったこともあり、本書をさらに繰り返して読むようになったと記憶しております。中谷は研究の傍ら、恩師の寺田寅彦(第35回 忘れえぬ言葉)の影響を受け、多くの随筆を記しました。本書はそれを編集してまとめたもので4部からなっています。第Ⅰ部は中谷の学術研究の中心である雪に関する作品、第Ⅱ部は中谷の自伝的作品、第Ⅲ部は寺田寅彦に関する作品、そして第Ⅳ部は科学を普及する方法の作品です。これらはいろいろな雑誌などに掲載されたものですが、それらを編者がまとめて随筆集としたものです。いずれも半世紀以上前に執筆されましたが、現在にも通用する鋭い主張が多くみられます。私が傍線を引いたのはそのような箇所です。第16回では主に第Ⅳ部を取り上げました。今回は第Ⅲ部の中から感銘を受けた言葉を抜き書きします。

中谷は研究の型を「警視庁型」、「アマゾン型」の二つに分類しています。まず「警視庁型の研究」とは、いわば犯人がわかっていて、それを捕らえるのに難易があるような研究であるとのことです。これは初めから論文ができているような形の研究ですが、現代でも大半がこのような研究といえます。ここで中谷は、こういう研究ではまったく新しい知識が得られることはめったになく、そしてこういうことができるのは原理がよく分かっている場合に限る、と指摘しています。一方「アマゾン型の研究」とは、犯人の名前がわからないばかりか、犯人がいるかいないかもわからないような研究、すなわち新種を探すようなやり方の研究です。中谷は、警視庁型の研究が極限に近づくとその先にアマゾン型の研究が待っている、と述べています。しかし警視庁型の研究はいつまでも警視庁型に留まるのではないでしょうか。

発見や発明には偶然が大きい原因をなしている場合が多いのですが、そのような研究にはアマゾン型の要素が強く入っています。しかし発見された糸口をたどり、追及して確認するには警視庁型の研究方法がとられ、これには深い学識が必要とされます。中谷によれば、論文として発表されるのはこの部分であって、最初のアマゾン型の部分は論文の冒頭で少し触れられる程度です。これはもったいないですね。冒頭の部分だけを集めた形の論文や書籍ができるとよいでしょうに。さらに中谷は、アマゾン型と警視庁型との融合したものが本当の研究である、と述べています。しかしそのように融合するのであれば、その際にアマゾン型を尊重すべです。

最後に中谷は、人工衛星や原子力の技術開発に幻惑された人々は具体的な目的をもってそれを実現させる研究、すなわち警視庁型の研究を科学のすべてと思いやすいと警鐘を鳴らしています。それらは大勢の研究者の協力と多額の研究費を要することから、「科学は独創の時代を過ぎて、協力の時代にはいった」というのは本当である、とも述べています。まさに21世紀の現在でも、このことが言われています。しかし中谷は、何時の世になってもアマゾン型の研究が必要である、と指摘しています。さらに、それを不用と思うのは自然を甘く見るからである、とまで述べています。自然は我々が想像する以上に深くかつ複雑なので、限定した目的を持たずに自然に即してその神秘を探るというやり方の研究が不必要になることは永久にないであろう、と述べて第Ⅲ部をまとめています。これに照らし合わせるとこれまでに発達してきたOn-shell scienceのみを考えるのはまさに自然を甘く見ているのかもしれません。Off-shell scienceの神秘を探る研究が今後ますます必要となると考えます。

小松高等学校校舎正面

 

小松高等学校記念館(旧小松中学校校舎)

 

「雪は天から送られた手紙である」記念碑

 

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