第37回「 IUT理論」の言葉

 

 

 

加藤文元著、「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」(角川書店、2019年4月)は望月新一氏が整数論の重要かつ難しい予想問題「ABC予想」に関連して発表した独創的・先進的な新理論、「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」、をわかりやすく伝える優れた書籍です。後半部はやや専門的な知識が紹介されていますが、前半部は広く科学技術にあてはまる内容が豊富に含まれていますので、ここではそれを紹介しましょう。特に「ABC予想の問題からIUT理論への展開」は「ドレスト光子からオフシェル科学への展開」とそれをとりまく事情に類比できますので、それについても末尾に、そして脚注に記します。

 

[1] IUT理論の性質、研究の方針、よりどころ

 

望月氏はABC予想を解くためにはどうしても越えがたい障害があることに気づき、さらにそれを越えることは「現在の数学」では不可能であるという結論に達しました1)。そしてそれを越えるために「新しい数学」を作ることを考えました2)。これはタイヒミュラー理論の考え方や基本的理念をとおして、数学以前の哲学的なレベルで重要な示唆を与えることになりました3)

 

こうして生み出されたIUT理論は全く新しい考え方・理解の仕組みを要求しています。それは既存の数学とは、基本的な考え方のみならず、それが使用している言語が全く異なるものです。ただしこの差異は理論の優劣や価値判断の問題とは全く関係ありません。なぜなら既存の数学とはその土壌、動機づけ、枠組が異なっているからです。要するに互いに比較することはできません4)

 

このような理論を生み出した望月氏は、誰も通ったことのない山道を一人で一歩づつ登っていく冒険家にも喩えられます。研究者であるからにはまだ誰もやったことのない新しいことに挑戦しなければならないのですが、このような新しい理論の場合、それを議論するコミュニティ自体もまだ成立しておらず、従って論文を査読できる研究者も皆無に近いので、その投稿先として考えられる学術誌の現実的な選択肢も限定されます5)

 

このような状況下で研究の歩みの方向を見つける際、望月氏は「自然であること」、つまり「どのように考えるのが自然か」ということを原理としたのだそうです。「自然であること」は「腑に落ちる」6)という意味での直観的な理解に相当します。理論的に詳細な理解と直観的で全体的な理解との両面が数学における「正しさ」の認識を支えるのですが、決して理論一辺倒ではなく「長年のカン」がものをいうこともあり得ます7)。「腑に落ちる」ことはこの「カン」に対応しますが、それは哲学的なものになることがあるのです。

 

[2] 数学界の反応

 

数学者は若年のころから一貫して現代数学というパラダイムの中で研究しており、このパラダイムに基づいて問題を検討します。従って彼らはIUT理論のような斬新な問題に直面すると戸惑ってしまうのです。それは柔軟性の問題というより、むしろで慣れ」の問題です。従ってIUT理論を理解しようとすると勉強をゼロから始めなくてはならず、大御所のみでなく若手の数学者にとっても敷居が高くなります8)。その結果、多くの数学者が望月氏の論文を読んで理解することをあきらめ、疑念や不信感が交錯する複雑な状況となり、そしてIUT理論に対する数学界の反応の多くは好意的なものではなくなったそうです。

 

[3] 普及戦略

 

上記[2]の状況はIUT理論を広めるためのコミュニケーションの方法にも従来とは異なるやり方が必要であることを意味しています。すなわち「通常の数学」の方法(セミナー、講演、個人的議論などの口頭による「通常のコミュニ―ケーション手段」)が通用しないことは明らかです。大まかな概要を話すのならば講演だけでもよいでしょう。しかしそうすると中身は哲学的なものにとどまり、あまり数学的なものにはならない恐れがあります。新奇な理論を通常の言葉に翻訳するには多くの言葉や概念を巧みな比喩を用いて説明するしかありません。それは一般の人向けの説明には効果的でしょうが、これを数学の専門家に対して講演しても効果があがりません。不用意に発せられる語句に対して拒絶反応が生まれてしまうからです。口頭によるコミュニケーションの様式にもある種の「パラダイム」があります。そして、それは必要なものであると同時に、新しいものに対しては障害ともなり得るのです。

 

いままでの人類がやってきたような「数学一式」でIUT理論を考えると、たちまち矛盾が起こってしまいます9)。IUT理論の真骨頂は複数の数学一式の舞台を考えることにより、いままでの数学にはない新しい種類の柔軟性を手に入れることです10)。しかしそのようなことはまだ誰も考えていないのですから慎重に行わなければなりません。だからと言って、足元ばかり見ていてもダメで、どちらの方向に向かえば「自然」なのかという感覚が大事です。そこで望月氏は「アナロジー(類似)」を重視しました。これはすでにもうわかっていることで、それによく似た側面をもつものを考えて、両者を並行に考えていくやり方です。「アナロジー」は決して論理的な手続きではありせんが、論理的手段では捉えることのできない、柔軟なアイデアを生むことができます。

 

望月氏は一般的なコミュニケーションの方法とは異なる方法を「最良のコミュニケーション手段」として採用せざるを得ませんでした。特に重要視したコミュニケーションのスタイルは、個人的、あるいは少数人数で双方向的な議論を積み重ねるというものでした11)。このように、ある意味、効率の悪い方法をとらなければならなかったのも、IUT理論が既存の数学の言語体系や枠組みとは全く異なる次元のものであることに起因しています。

 

[4] パラダイムシフト

 

「通常の科学」期では、新しい発見とは過去の結果に立脚して新しい知見を少しずつ付け加えていくものですが、「パラダイムシフト」期においては、それまで獲得された知見や方法論を壊して、全く新しい視点からやり直す形をとります。新しい発明や発見は、学問領域の最先端において生じるというよりは、むしろ反対に、極めて基本的なことの中に見出されることが多いのですが、IUT理論に関する以上の状況はその典型です12)。数学は自由な学問であり、常に「進歩」に対して開かれています13)。そのような中でIUT理論が出現したのです。望月氏の今後の努力により、近い将来IUT理論が確立し、広く普及するようになることが期待されます。

 

[5] IUT理論とオフシェル科学との思いがけない類比

 

IUT理論は数学ですが、オフシェル科学は物理学です。このように分野が違うのですが、思いがけず類比すべき性質が多数あることがわかりました。本書によればIUT理論は複数の数学舞台を設定し、「対称性」を伝達することでそれらの間を関係づけるものだそうです。一方、オフシェル科学で扱うドレスト光子を考える場合、複数の電磁場舞台(、すなわちspacelikeの領域の電磁場とtimelikeの領域の電磁場)を設定し、それらを関係づけています。このほかにも下記の脚注に記した多数の類比が成り立ちます。分野は違えど、極めて基本的なことの中に分野間をまたぐ共通した概念があるということは大変印象深いですね。

 

脚注(ドレスト光子、オフシェル科学研究との類比)

1)オフシェル科学の記述はオンシェル科学の方法では不可能です。

2) オフシェル科学はオフシェル科学とは異なる新しい科学です。

3)小嶋泉氏「量子場のミクロ・マクロ双対性」の考え方や基本理念はオフシェル科学の哲学的なレベルで重要な示唆を与えました。

4) オンシェル科学とオフシェル科学は互いに非相関であり、まったく異なるものです。

5) オフシェル科学の研究者はオンシェル科学とは異なる山道を一人で一歩一歩上っていく冒険家に喩えられるでしょう。また、オフシェル科学の論文の投稿先の学術誌も限定されます。それを解決するため、私は20年前からオフシェル科学を含む光科学の国際会議を企画開催しています。その会議での講演者は会議の特集号学術誌に論文を投稿できます。この場合、主に会議参加者の中からこの論文の査読候補者を探して査読を依頼します。その人たちはこれらの論文を査読する予備知識をいくらかは持っていますので、査読が可能となります。その結果、採択が許可されれば論文が出版されます。一旦論文が出版されると、その実績を基に次の論文は他の学術誌でも査読されやすくなります。

6)オフシェル科学においても「腑に落ちる」ことがあります。それはドレスト光子の空間的局在性、エネルギーの自律的移動など、実験研究者がこれまでに見出した新しい事実と整合した場合です。

7)オフシェル科学ではドレスト光子の実験結果が豊富に蓄積されています。これを得るための実験研究者は実験を通じて、「長年のカン」が研ぎ澄まされています。これがオフシェル科学における「正しさ」の認識を支えています。

8)現代の先端科学に従事する若手研究員は、手っ取り早く成果を出さないとクビになりかねないのが現状です。「選択と集中」の施策の影響です。従って彼らは新奇な研究には手を出しません。すなわちリスクを負いません。一方、大御所の研究者は一般に新奇な研究に手を出す暇はありません。

9)今までの人類が開拓してきたのはオンシェル科学(波動光学一式、量子光学一式)です。

10)オンシェル科学でオフシェル科学を考えると矛盾が生ずるので、相対論、量子確率論、数理科学などの複数の科学一式により考えます。

11)(一般社団法人)ドレスト光子研究起点は少数の研究者が所属する研究機関です。ここの法人は学協会ではありません。すなわち講演会、セミナーのような一般的なコミュニケーションを推進するのではなく、「最良のコミュニケーション手段」として、少数人数による双方向的な議論を積み重ねる活動を行っています。

12)成熟期を迎えている光科学でもパラダライムシフトが求められるでしょう。それは世界で流行している最先端の研究からは生まれません。ドレスト光子、オフシェル科学のように極めて基本的、基礎的な研究から生まれています。

13)光科学も本来自由な学問だったように思いますが、最近では流行している最先端研究への「選択と集中」が顕著になっています。

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