第38回「(続)鶴見俊輔」の言葉

 

 

 

本稿では鶴見俊輔著、「思い出袋」(岩波新書、2010年3月)の中で見つけた言葉をいくつか記します(これは第24回「鶴見俊輔の言葉」の続編になります)。本書には著者の長年にわたる思い出話が短編として多数掲載されています。これらの記事のもとになる著者自身の経験は、第24回の「鶴見俊輔伝」[1]に詳しく書かれています。

 

「思い出袋」前半の記事「はみだしについて」では「出会った実例が、はめ込もうとしても定義の枠をあふれるとき、手応えを感じるのが、学問をになう態度として適切だ。」とあります。これは理系の学問・研究にもあてはまります。私自身の例で恐縮ですが、本法人の研究対象はドレスト光子とよばれる小さな光です。これは従来の科学による光の定義の枠からあふれています。私たちはドレスト光子を扱う新しい学問をオフシェル科学と名付けています[2]。オフシェル(off-shell)というのは、従来の科学の骨格である質量シェル(mass-shell)と呼ばれる概念からまさに「あふれて」おり、大きく逸脱していることを意味しています。ちなみに従来の科学はオンシェル(on-shell)科学と呼ばれています。

 

一方、朝日新聞「折々のことば」[3]に上記の「はみだしについて」に関する解説が見つかりました。そこには「学問を志す者は自らの仮説への反例の出現を歓迎する。それによって真理により近い視点に立てるから。辻褄合わせに走ったり、反例を否認したりすることほど反学問的なことはない。」とありました。ドレスト光子、オフシェル科学に関する「反例」、「辻褄合わせ」の例は我々の研究結果を発表したときに寄せられる意見の中に時折見られました。それらは「ドレスト光子などは存在しないはずだ」(実際には彼らはドレスト光子に関する実験結果を手にしていないのですが)、「ドレスト光子の性質はオンシェル科学の理論ですべて説明できる」といったものです。しかしよく調べてみると、前者は「反例」、後者は「辻褄合わせ」であることがわかりました。これらの意見を得ることで、私たち自身がドレスト光子、オフシェル科学のことをさらに深く研究することになり、その結果、オフシェルの光の性質はオンシェルの光の性質とは無縁、全く異なることがよくわかってきました。最近では、オフシェル科学なくしては今後の科学の発展がないことを実感しています。

 

さて、「辻褄合わせ」をする人たちの心理はどこにあるのでしょうか?それに対する回答が「はみだしについて」の末尾に見られます。すなわち「明治の学校制度のはじまりから130年。欧米の先生の定義に合う実例をさがして書く答案がそのまま学問の進歩であるという信仰が、右左をこえて今も日本の知識人にはある。」です。この中の「知識人」を「理系研究者」に読み替えてもそのまま成り立ちます。

 

再び「折々のことば」 [3]を読むとその冒頭に「権勢を手放したくないもの、面子を護ろうとするものは、自らの主張を反証するような事例を認めない。」があります。これを「理系研究者」の場合にあてはめると、欧米の先生の定義にあう答案を出して功成り名を遂げた研究者は、新しい事例を認めることができない、ということになりましょうか。そして「思い出袋」後半の「耳順」の記事の中に、「相手の言うことをゆっくり聞かずに「あなたはまちがっている」と決めつけるのは、自分のただひとつの解釈によって相手をたたきのめす習慣で、それが欧米から日本に移ってきて、学校秀才のあいだに広く行われる。」とあります。上記の「功成り名を遂げた研究者」この「学校秀才」である人たちがしばしば見られます。

 

最後に「はみだしについて」に戻ると、その末尾に「そこから離れた方向に、私たちはいつ出発できるのか。」とありますが、オフシェル科学が最近になってようやく立ち上がったのも、「たたきのめす習慣」が非常に根強く、「そこから離れる」のに時間を要したからです。しかし立ち上がれてよかったとつくづく思います。

 

今後のオフシェル科学の研究を成長させるには、「耳順」にある、「自分がよく人の言うことを聞いて、間違いないと思う人をえらび、その人の言うことから、さらに自分に適切な、意味の可能性を引き出す。」ことが重要だと思います。これはたまたまM.プランクの皮肉な指摘、「科学の新しい真実は、反対派を説き伏せ、理解させることによって勝利するのではなく、反対派がいずれ死に絶え、新しい真実に慣れ親しんだ新しい世代が成長することによって勝利するのだ」、対応します [4]。すなわち新しい科学の構築にはまず努力の継続が必要です。そのうちに優れた後進が引き継いで育て、完成させるかもしれませんね。

 

参考文献

[1] 黒川創、「鶴見俊輔伝」(新潮社、2018年)

[2] 大津元一・小嶋泉編著、「ここからはじまる量子場――ドレスト光子が開くオフシェル科学――」(朝倉書店、2020年)

[3] 鷲田清一、「折々のことば」2010、朝日新聞朝刊第一面 (2020年12月1日)

[4] マリオ・リヴィオ 著、千葉敏生 訳、「偉大なる失敗」、(早川書房、2015年) p.352.

 

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