第17回 二宮忠八の上官の言葉

 

 

 

吉村昭「虹の翼」(文芸春秋、2012年)はライト兄弟が世界初の航空機を飛ばす十数年も前に独自の構想で航空機を考案した二宮忠八の波乱の生涯を描いた長編です。二宮は烏の滑空の動きに着想し現代の航空機の原形である「飛行器」を考案し、本格的な「飛行器」への研究に進みます。人を乗せて空を飛ぶには石油発動機が必要ですが、それは高価でした。そこで陸軍の公費による研究を上申したところ、上官は「実際に載って空を飛ぶことができた後で上申せよ」と言って直ちに却下、その後忘れ去られました。

一方、欧米でも航空機の研究は着実に進められ、遂に「ライト兄弟が航空器の開発に完成」が日本でも報道されます。それを受けて日本でも国を挙げて航空機の開発することになりました。その開発責任者が何と二宮の上申を却下した上記の上官だったのです。二宮の失意の時代が長く続きますが、しかしその後、上記の上官から当時の二宮の上申を却下した不明を詫びる手紙が届き、ようやく二宮の名誉が回復しました。

当時の日本は貧しく、日清戦争のただ中にあったとはいえ、欧米にできないものが日本でできるはずが無いという考え方、さらには飛躍した発想をする者を排除する傾向が強かったように思えます。これらの傾向は現代でも残っているようです。「欧米でやっていない優れた技術が日本で生まれたので推進すべき」という上申よりも、「欧米ですでに進めている技術開発に追いつき追い越すために日本でも実施する」という上申の方が採択されやすいようです。そこで欧米の技術開発動向を調査し、その内容をまとめて開発すべき課題として上申します。ただしここで問題なのは日本が追いつき追い越そうとしている欧米の技術開発の内容が優れたものであるとは限らないことです。そのような課題に飛びつくと、日本での技術開発が始まった頃、欧米ではすでに終了しており、はしごを外された事態が生じます。

 

(*)上記は【大津元一「ドレスト光子はやわかり」(丸善、2014)p121】の文章を追加修正したものです。

カテゴリー: 忘れえぬ言葉 パーマリンク