第23回 「趣味と個人研究」の言葉

 

 

 

森博嗣「ジャイロモノレール」(幻冬舎新書:幻冬舎 2018年)は著者自身が作成したジャイロモノレールという乗り物の紹介です。これは一本のレールの上を走るモノレールですが、一見不安定に思われるその動作はジャイロの原理により安定化されます。この興味深い乗り物の開発は一世紀以上前に始まったものの諸事情により長く忘れられていました。著者は試行錯誤の上、ついに完成させています。第1章~第4章ではこの乗り物の開発の動機、動作原理、著者自身の開発の経緯などが丁寧に紹介されています。

これらの章は躍動感にあふれた楽しい話題が満載ですが、最後の第5章「個人研究の楽しさ」と「あとがき」は著者の面目躍如です。著者はかつて大学の工学部で教育研究に携わり、並行して推理小説などを執筆している人気作家です。現在は大学を退職し、執筆活動のみを行いつつ、ミニチュア庭園鉄道など、長きにわたり趣味のモノづくりを続けています。

そのような経緯から、第5章は味わい深い主張が満載されています。hobby(趣味)の一つとして蒐集がありますが、何のために集めるのか? もしかすると蒐集は目的ではなく手段ではないのか? それではなんの手段? それは何かを調べるため、ということだそうです。となるとhobbyは「趣味」というより「個人研究」と訳すべき、と主張しています。

次に「研究」とは何か? に言及しています。教育研究機関に属する研究者はその機関および外部からの資金を受けて研究していますので、研究の自由度は100%ではありません。一方、個人研究ではその自由度は十分なので、好きな研究ができます。その際、上記の蒐集の成果をもとにいろいろ調べることができますが、著者が主張しているのは「学習や調査で解決する問題は研究ではない」ということです。研究とは「自分が最初に知ること」、「世界のだれも知らないことを自分が突き止めること」だそうです。これは科学では「発見」、「発明」に相当するでしょう。この主張は個人研究のみでなく、公的資金による研究の場合にも当てはまると思います。しかし実際には「発明」、「発見」とは違うことを行っている事例(たとえば「改良」、「説明」、「紹介」)がしばしばみられます。

著者のさらなる主張は「研究をすればするほど問題は増える」ということです。誰も知れないことを自分が突き止めれば、さらに知りたい問題が出てくる、ということでしょう。外国で進められ流行しつつある研究をcatch upしようと試みる限り、追いつくことが研究であると勘違いするので、追いついた瞬間に問題は解決したと思い込んでしまいます。従ってその後は研究は進展しません。研究とは何を行うかではなく、何を行わないかが大切ですね。それを判断するのが上記の主張にかかわる「誰にも知られていないことか?」(発見)、さらには「誰も作ったことがないものか?」(発明)でしょう。フランスの哲学者パスカルは「人間は考える葦」と教えましたが、「研究者は知る葦、作る葦」であるべきですね。

最後に著者は「書くこと」、「発表すること」の意義に触れています。研究により得られた情報を論文や報告書に書いたり、外部で講演し議論する場合、研究の時間がそれに費やされ、無駄のように思えます。しかし、「書くこと」、「発表すること」により自分の頭の中でもやもやしていたアイデアが整理され、また質疑応答を通じて新しいアイデアが浮かびます。著者が本書をはじめ膨大な数の著書を世に出しているのも「書くこと」により自身が得られるものが大きいからであると指摘しています。

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